プライドの高い人間が自分がゴキブリであると気づいたとき〜ヤマシタトモコ「BUTTER!!!」

 高いプライドと強いコンプレックスを抱えてしまうと、生きるのが難儀だ。何か事をなそうとしても、その二つが足をひっぱる。結局、行動にうつすことができず、そうした人間にとって、そうした生き方が常だから、その二つに縛られていない(ように見える)周りの人間が楽に生きているように見えてしょうがない。そして、勝手に自分は恵まれていないと思い込み、何事に対しても卑屈になる。

で、先輩や親や教師が「言い訳しないで何か一生懸命やりなさい」とかなんとか言われるわけだけど、そんなことは本人自信が一番よく知っているんだよなあ。

ヤマシタトモコ氏の「BUTTER!!!」は、そういう性格の(そして、当然のようにオタである)主人公端場くんが、よりにもよって高校の社交ダンス部に入ってしまうという話である(本人の意志ではなく無理矢理入部させられた)。

一度、入部届けを出してしまうと一学期の間は部にいないといけないという校則のせいで、端場くんはいやいや部活動を続けることになる。入部当初こそ「・・・必死かよ、うける」とか「ダンスとか超うける」とか「イテーし」と不満を連発。それを同学年の掛井くんに注意されても「おまえみたいなリア充に何がわかんだよ」と逆ギレしてしまう。

そんな端場くんだったが、部活動の練習や合宿を経て、少しずつ、本当に少しずつだが、社交ダンスって、何かに夢中になるって、そんなに悪いものじゃないんじゃないかと考え出す。

そして、他の部員に負けないように自宅で練習をはじめるのだが、その練習を姉に見られたとたん「必死になっている自分」を恥ずかしく思い、練習をやめてしまう。


 「・・・なんでこんな恥ずかしんだろ・・・ ・・・おれナニでがんばればいんだろー・・・ ・・・今キツいのどーやればガマンできて・・・ その先の・・・ ・・・・・・」

十代の鬱屈はそう簡単に乗り越えられるものではない。社会人なら彼に対し、言いたいことは山ほどあるだろう。でも、それを上から目線のお説教をして、端場くんに言いたいことを伝えられるだろうか。少なくとも、僕にはできない。こうした心境におちいってしまった人間に伝わる言葉を僕は持っていない。うっかり「十代の鬱屈」なんて他人事のように語ってしまったけれど、自分自身も端場くんと五十歩百歩なのだ。とてもじゃないけど、「がんばれ」なんて無責任な言葉をかけることはできない。「がんばれ」という言葉の残酷さは、その言葉の裏に「お前の悩みなんて知らん」というホンネが見え隠れするところにある。「がんばれ」という言葉は、それ以外に励ましの言葉を持っている者だけが使っていい言葉だと思う。

そんなとき、オタ仲間と本音で話す機会がうまれる。その会話の中で端場くんはこういうことを言い出す。

 高いプライドと強いコンプレックスを抱えた人間が、行動に移せないのは、がんばって行動した結果、人から笑われでもしたら、心が折れてしまうと思いこんでいるからだ。なぜそう考えるのかといえば、卑屈であるにも関わらず、いやだからこそ、自分は特別な人間だと思っているせいだ。強いコンプレックスを解消するにはものすごく時間がかかる。だが、高いプライドはすぐ消すことができる。

「自分はたいした人間じゃない」と気づくことだ。じゃあ、なぜ端場くんはそのことに気づけたのか?世間や社会に恨み辛みを感じるのではなく、自分の弱点を本気で考え、それまでの自分のダメなところを徹底的に考え抜いたからこそなのだ。

そこに気づいてからの端場くんの言動がまた、すばらしい。

「・・・ちょ 頼むわ おれ もーやるしかねーし 必死ダンスで十分イテーしな おれ失うものねーわ 得るもんしかねー すぐにできるワケねーしな」

そう、卑屈になる意味ではない「自分はゴキブリだ」という自覚は、端場くんのような人間が行動を起こす原動力になる。端場くんは自分がゴキブリだと気づくことで、今まで守っていたくだらないプライドをかなぐり捨て、第一歩を踏み出した。「おれ失うものねーわ 得るもんしかねー」。そう、その通りなのだ。何か新しいことを始めるということに、失うものなんてないんだ。かっこわるい自分、見栄っ張りな自分、そんな自分を受け入れること、それは口で言うほど簡単ではないけれど、それでも血を流しながら進むこと、それがとても大切なことなんだ。やりたいことができて、本気になれば、うまくいかない事なんて山ほどある。けれど、そんな経験すら「得るもの」なのだ・・・。自分を徹底的に否定したあとに訪れる、小さな自己肯定。自分を否定することと、腐ることは似ているようで全然ちがう。「腐る」というのは、結局、自分の問題を他人のせいにしているだけにすぎない。それでは、自分の弱さに気づくことも、受け入れることもできない。

最近ぼくは本当にこういう若い人が立ち直る物語に本当に弱い。くじけそうになったとき、勇気を与えてくれるからだ・・・。


ぼくはこのエピソードを読んで、少し勇気をもらった。そして、それはすばらしいことなのだ。

というわけで、今アフタヌーンで一番注目している漫画です。